一応、邦画劇場

過去の自分、現在の自分、そして未来の自分に向き合う映画鑑賞

ファーストラヴ

私的評価★★★★★★★★★☆

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映画『ファーストラヴ』公式サイトより引用

 (2021日本)
 
その殺人犯は、あの頃の私と同じ目をしていた──

  川沿いを血まみれで歩く女子大生が逮捕された。
 殺されたのは彼女の父親。
「動機はそちらで見つけてください。」
 容疑者・聖山環菜(ひじりやま・かんな/芳根京子さん)の挑発的な言葉が世間を騒がせていた。
 事件を取材する公認心理師・真壁由紀(まかべ・ゆき/北川景子さん)は、夫・我聞(がもん/窪塚洋介さん)の弟で弁護士の庵野迦葉(あんの・かしょう/中村倫也さん)とともに彼女の本当の動機を探るため、面会を重ねる。
 二転三転する供述に翻弄され、真実が歪められる中で、由紀は環菜にどこか過去の自分と似た「何か」を感じ始めていた。
 そして自分の過去を知る迦葉の存在と、環菜の過去に触れたことをきっかけに、由紀は心の奥底に隠したはずの「ある記憶」と向き合うことになるのだが…。

(映画『ファーストラヴ』公式サイト「STORY」より引用)
firstlove-movie.jp



 忘れたい過去はある?
 ホントに忘却の彼方に封印してしまった過去はある?
 少年時代のありとあらゆる思い出は、あまりに苦くて、いまだ人間不信のカス人間のままだ。

 感受性の程度にもよるかも知れないけれど、心が未成熟な幼少期から思春期にかけて経験することの中には、あまりにショックが大きすぎて脳が処理しきれないこともあるんだと思う。
 擦れっ枯らしの食えないジジイになった今じゃあ、逆に現実世界の出来事に鈍感になり過ぎて、映画と言う虚構の中に心を動かす何かを求めて彷徨い歩いているだけだけど、思春期までのボクは、学校と家庭と言う狭い社会の中で、確かに、息苦しさ、生きづらさを覚えるばかりの、つまらない毎日を送っていた。
 そして、できれば知りたくなかった家族の事実や、触れたくなかった友人の真実に出くわし、自分の中で処理しきれず、凍り付くように心を閉ざすのだった。



 おそらく、真壁由紀が聖山環菜に惹かれたのは、必然だったのだろう。
 無意識のうちに、引き寄せられ、図らずも自身の封印していた過去と対峙することになってしまうなんて……。
 由紀と環菜、二つの傷ついた魂が触れ合ったとき、二人の人生が大きなターニング・ポイントを迎える……。


 登場人物の心情が、とても丁寧に描かれていると思った。

 由紀と環菜、それぞれが激しく心に傷を負うことになったエピソードは、異性である擦れっ枯らしの食えないジジイでさえ、激しく動揺・狼狽し、胸を搔きむしられるような衝撃的事件だった。

 迦葉と我聞の過去もしかり。
 二人の疑似家族としての微妙な兄弟関係と、迦葉の斜に構えた生き方。
 今は我聞の妻となった由紀だが、彼女に最初に出会ったのは迦葉だった。
 しかし、由紀に自らの捻じれた心を見透かされ、激しく動揺した挙句、衝動的に彼女の首に手をかけてしまう迦葉。
 幼くして母親に捨てられた彼の魂も、激しく傷ついていた。


 疑似家族として表面的に距離を置いているようで、実は深い思いやりの情で結びついていたり、拗れた過去にこだわりながらも、危うさ・弱さを持ち合わせる互いのことをずっと気にかけていたり……そういった心の機微を丁寧に紡ぎあげて、最後の最後に、とてつもなく深い、大きな愛情に包まれて、真の家族として新たに結びつく迦葉と我聞、そして我聞の妻の由紀。
 傷つき彷徨っていたいくつもの魂が、同時に救われるシーンは、この映画のハイライトだ。


 また、由紀は自身の心の傷を晒け出すことで、環菜の本心を引き出そうと試みる。
 自分を大切に思って真っ向から向き合い、自分の声に真摯に耳を傾け、親身になって力を貸してくれる大人たちがいることを悟り、ようやく救われた環菜の魂。
 やがて環菜が語る、父殺しの真実……そして、裁判の行方は?


 圧巻のヒューマニズム
 劇場で胸の震えが止まらず、嗚咽を押し殺しながら、感涙にむせぶしかなかった。
 人の優しさを信じられるかもしれない、そんな気にさせてくれた良作だった。
 堤幸彦監督、実に。素晴らしい!


●監督:堤 幸彦 ●脚本:浅野妙子 ●音楽:Antongiulio Frulio アントンジュリオ・フルリオ ●原作:島本理生(小説『ファーストラヴ』/文春文庫) ●主題歌:Uru『ファーストラヴ』(ソニー・ミュージックレーベルズ