一応、邦画劇場

過去の自分、現在の自分、そして未来の自分に向き合う映画鑑賞

張込み

私的評価★★★★★★★★★☆

『あの頃映画 the BEST 松竹ブルーレイ・コレクション 張込み』 [Blu-ray]

 (1958日本)

 警視庁の柚木刑事(大木実さん)は、下岡刑事(宮口精二さん)とともに、東京・深川の質屋で発生した強盗殺人事件の容疑者・石井(田村高広さん)を追って、石井の昔の恋人・横川さだ子(高峰秀子さん)の嫁いだ佐賀市に向かう。柚木たちは、横川家の向かいの旅館で張り込みを開始したが、二十歳も歳の離れた銀行員の後妻に納まったさだ子は、毎日夫が出かけたあとに行う2時間の掃除と、子どもたち(3人の継子たち)が帰ってくるまでの洗濯とミシンがけ、夫が毎朝渡す「今日の分」百円の家計費で夕方買い物に出かけるだけの、ただただ単調な日常生活を繰り返すのみであった。柚木は、平凡で何の取り柄もない女にしか映らないさだ子を見続けるうち、石井がわざわざ訪ねてくるほどの魅力を持ち合わせているとは思えなくなっていた。本当に石井がは現れるのか? じりじりと照り付ける真夏の張込みの最中、次第に柚木たちの焦りが募ってゆく。


 小学校高学年になって、推理小説を読むようになって、図書室の怪人二十面相・少年探偵団シリーズや、野村胡堂さん、柴田錬三郎さんらのジュブナイルを読みあさった挙句、初めて書店で手にした新潮文庫のオトナ向けの本が、この作品をタイトルにした松本清張さんの短編集でした。小学生には読むのが難しく、少し読んでは放置を繰り返し、何年かかけて読破しましたが、本作の原作と『投影』という作品がお気に入りでした。


 昭和33年のモノクロ映画です。
 冒頭、横浜駅から23時6分に発車した急行『さつま』に飛び乗る2人の刑事たち。とにかく、この車中の描写が長いのですが、当時は車内に2泊して東京から32時間かけて鹿児島に到着していた列車なのだそうです。しかも、途中で電車から蒸気機関車に牽引車が切り替わっています。電化もまだまだの時代なのでしょう。当時の庶民の2泊の列車旅は、過酷です。現在もある背面垂直の座席しかないのに満席で、狭い通路にしゃがみながら、うつらうつらと居眠りの旅。さらに真夏なので、窓を開放して天井の扇風機が回っていても、乗客はみな汗みどろなのです。とても疲れたことでしょうねぇ。
 そして、久留米で乗り換え、佐賀に着いて県警本部に挨拶をしたあと、さだ子の家の向かいの宿の2階に陣取って、柚木が「さぁ、張込みだ」と独白したところで、やっとタイトルバックがガーンと流れ始めるのですが、ここまで実に12分もかかっています。長いですなぁ^^;

 『十年一日の如し』の単調なさだ子の生活を監視する“張込み”は、同じく単調で退屈な仕事でした。刑事が犯人を追うサスペンスではありますが、実は、ふたりの女性との縁談を前に結婚に迷う柚木が、さだ子という女を通して、女性の気持ちを探っていく物語のような気がします。そういう捉え方だと、ヒューマン・ドラマでしょうね。

 そして、とにかく、全編、暑い。モノクロの画面に映り込む黒々と濃い影とカンカン照りの日差しのコントラスト。登場人物たちの肌を流れ落ちる玉のような、あせ、アセ、汗。暑さの表現を際立たせるため、曇って陽が翳ったら撮影を中断したというエピソードがあるくらい、野村芳太郎監督のこだわりがあったようです。まぁ、見事に暑い。


 舞台は昭和30年代前半の地方都市です。
 さすがに私自身も生まれる前なので、知らない、あるいは実体験のない、当時の人々の営みが出てきます。
 たとえば、夕方さだ子が買い物をするのは、大通りに立ち並ぶ露店がメインです。ボンネットバスも登場します。バスには車掌がまだ乗務しています。刑事が丸っこいフォルムのタクシーを、土煙を上げながら走らせます。いずれも道は、土むき出しの未舗装路で、いったいどこの未開の国なのかと思うような風景です。
 サーカスが来たり、夏祭りがあったり、当時の庶民の娯楽が次々と映し出されます。夕ご飯のあと、宿では民放のラジオ放送をみんなで楽しみますが、女中は「ハイハイのラジオ」と言っています。たぶん“HiFiのラジオ”のことでしょうね? 音質がクリアになったのでしょう。銀行員のさだ子の夫でさえ、テレビは置いてないようです。東京タワーが出来たのがこの昭和33年ですから、地方のテレビ放送がどれほど普及していたかと想像すれば、まだまだラジオで十分足りた時代なのでしょうね。
 ちなみに昭和33年の物価

  • 大卒初任給----約1万3,500円
  • かけそば1杯-----------25円
  • 牛乳180cc------------14円
  • 生ビール1杯-----------80円
  • 食パン1斤-------------30円
  • たばこ1箱-------------40円
  • 映画1本-------------150円
  • はがき1枚--------------5円
  • テレビ14インチ--------7万円
  • 電気洗濯機-----------3万円
  • 電気冷蔵庫----------10万円

 大卒初任給から換算すると、テレビは現代で100万円以上の価値がありそうです。


●監督:野村芳太郎 ●脚本:橋本忍 ●原作:松本清張(小説「張込み」/新潮社文庫ほか)