一応、邦画劇場

過去の自分、現在の自分、そして未来の自分に向き合う映画鑑賞

すばらしき世界

私的評価★★★★★★★★★★

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映画『すばらしき世界』公式サイトより引用

 (2021日本)
 
この世界は
 生きづらく、
あたたかい。

  冬の旭川刑務所でひとりの受刑者が刑期を終えた。
 刑務官に見送られてバスに乗ったその男、三上正夫(役所広司さん)は上京し、身元引受人の弁護士、庄司(橋爪功さん)とその妻、敦子(梶芽衣子さん)に迎えられる。
 その頃、テレビの制作会社を辞めたばかりで小説家を志す青年、津乃田(仲野太賀さん)のもとに、やり手のTVプロデューサー、吉澤(長澤まさみさん)から仕事の依頼が届いていた。取材対象は三上。吉澤は前科者の三上が心を入れ替えて社会に復帰し、生き別れた母親と涙ながらに再会するというストーリーを思い描き、感動のドキュメンタリー番組に仕立てたいと考えていた。生活が苦しい津乃田はその依頼を請け負う。しかし、この取材には大きな問題があった。
 三上はまぎれもない“元殺人犯”なのだ。津乃田は表紙に“身分帳”と書かれたノートに目を通した。身分帳とは、刑務所の受刑者の経歴を事細かに記した個人台帳のようなもの。三上が自分の身分帳を書き写したそのノートには、彼の生い立ちや犯罪歴などが几帳面な文字でびっしりと綴られていた。人生の大半を刑務所で過ごしてきた三上の壮絶な過去に、津乃田は嫌な寒気を覚えた。
 後日、津乃田は三上のもとへと訪れる。戦々恐々としていた津乃田だったのだが、元殺人犯らしからぬ人懐こい笑みを浮かべる三上に温かく迎え入れられたことに戸惑いながらも、取材依頼を打診する。三上は取材を受ける代わりに、人捜しの番組で消息不明の母親を見つけてもらうことを望んでいた。
 下町のおんぼろアパートの2階角部屋で、今度こそカタギになると胸に誓った三上の新生活がスタートした。ところが職探しはままならず、ケースワーカーの井口(北村有起哉さん)や津乃田の助言を受けた三上は、運転手になろうと思い立つ。しかし、服役中に失効した免許証をゼロから取り直さなくてはならないと女性警察官からすげなく告げられ、激高して声を荒げてしまう。
 さらにスーパーマーケットへ買い出しに出かけた三上は、店長の松本(六角精児さん)から万引きの疑いをかけられ、またも怒りの感情を制御できない悪癖が頭をもたげる。ただ、三上の人間味にもほのかに気付いた松本は一転して、車の免許を取れば仕事を紹介すると三上の背中を押す。やる気満々で教習所に通い始める三上だったが、その運転ぶりは指導教官が呆れるほど荒っぽいものだった。
 その夜、津乃田と吉澤が三上を焼き肉屋へ連れ出す。教習所に通い続ける金もないと嘆く三上に、吉澤が番組の意義を説く。「三上さんが壁にぶつかったり、トラップにかかりながらも更生していく姿を全国放送で流したら、視聴者には新鮮な発見や感動があると思うんです。社会のレールから外れた人が、今ほど生きづらい世の中はないから」。その帰り道、衝撃的な事件が起こる・・・。

(映画『すばらしき世界』公式サイト「STORY」より引用)
wwws.warnerbros.co.jp


 優しくなでてくれていたはずのその手が、急に荒々しく頭をつかんで脳漿を激しく揺すぶったかと思えば、またしても優しく頭をなでて……(以下、延々とループ)……みたいなこの世界の理(ことわり)を優しく見せつけてくれる映画。


 何の因果か、高校入学、大学入学、就職と、ただの一度も一本道のレールを外れたことのない人生を送って来たボク。
 就職が決まったとき、今は亡き祖母から「絶対自分から辞めたらいけんで」と何度も口酸っぱく釘を刺された。
 それがやがて、いつしかこの世界の無慈悲な理に、恐怖を抱くことになっていた。

 「この世界では、一度レールを踏み外すと、二度とお天道様を拝めない日陰者になってしまう」という強迫観念。
 そうなりたくなかったら、時には長い物に巻かれ、自分の正義に照らして意に沿わない事でもしなければならなかった。
 踏み外すことを極端に恐れ、雁字搦めのシガラミに抗えず、己を殺して生きていく。
 なんて素晴らしく、生きにくい世の中であることか。


 この世界は、物質的には有り余るほど恵まれているのかも知れない。
 いや、捨てるほど世の中に出回ってるだけか。

 それとて、手に入れるためには、金が要る。
 金を手にするには、特別な才覚がない限り、働かねばならぬ。
 しかし、雇用は決して安泰じゃない。

 生きていくことと、生活していくことは、似ているようで、大きな差がある。
 今は生活ができていたとしても、明日は分からぬ危うい世界。
 例えば、質の悪い流行り病に倒れただけで、生活基盤から何から根こそぎ失ってしまう、そんな世界。

 それでも、生きてゆくしかない。

 自分の置かれた場所がズレただけで、すっかり見える景色は変わってしまうけれど。
 「捨てる神あれば拾う神あり。
  この世界は、捨てたモンじゃない」と言う。

 とは言え、神に拾われても、生きていくのは自分自身。
 自立して生きていく意思を示さなければ、神もいつまでもイイ顔はしてくれない。


 役所さん演じる三上を見ていると、すでに鬼籍に入った父の姿がダブって見えた。
 自分の正義に頑ななまでに真っ直ぐで、しょっちゅう周りのイイ加減さと対決して、見事に弾き飛ばされてきた父。
 不器用で、話好きなのに話が下手で、弱い者の前で憎めない笑顔を見せたかと思えば、瞬間湯沸かし器の如くカッと頭に血が上り、大声を張り上げて周囲を動揺させる。
 面倒臭くて、大嫌いな父だったが、アレが未来の自分の姿だとも、心のどこかで悟っていた。

 だから、三上の生きざまは、他人事じゃなく、いつしか自分事だった。


 生きにくい世界の仕打ちに、ジタバタもがきながらも、拾ってくれた神々の恩に報いるためにも〝ちゃんと生きていこう〟と踏ん張る三上。

 「お願いだから、ほんの少しでも幸せになってくれ」そんな思いで見続けていたが、最後の味付けは、決して甘くは無かった。
 かと言って、苦々しかったワケでもなかったと思えたのは、三上の手に握られた花のおかげだろう。

 三上は、かすかに笑っていたと思う。
 きっと、清々しい思いで手にした花に目をやり、その花をくれた人のことを愛おしく思っていたに違いない。


 この世界は、確かに生きにくいけれど、人の間に温もりもあるのだと信じたい。

 今年イチバン泣いた。



●脚本・監督:西川美和 ●原案:佐木隆三(小説『身分帳』/講談社文庫刊) ●音楽:林正樹