一応、邦画劇場

過去の自分、現在の自分、そして未来の自分に向き合う映画鑑賞

奇談

私的評価★★★★★★★★★☆

奇談 プレミアム・エディション [DVD]

 (2005日本)

 1972年、民俗学の研究室に通う大学院生の里美(藤澤恵麻さん)は、幼いころに東北の親戚に預けられたころの夢を見るようになりました。夢の中では草原が広がり、ひとりの男の子がしきりに手を振っています。男の子が里美を手招きしているのか、それとも里美に別れを告げているのか、そもそも男の子がいったい誰なのか、それすら分からないのですが、毎晩のように同じ風景を夢に見てしまうのです。実は里美は、親戚の家に預けられたときに神隠しに遭い、無事戻ってきたというのですが、その間の記憶がまったく無かったのでした。里美は大学の図書室で当時の新聞記事を見つけると、失われた記憶を取り戻す衝動に駆られ、東北の隠れキリシタンの里である渡戸村へ旅立ちます。渡戸村では、神隠しが過去にも多くあり、必ず7歳の子どもばかりだったということが分かりました。そして里美は、渡戸村の教会で、異端の考古学者・稗田礼二郎阿部寛さん)と遭遇し、村人がよそ者に対して隠そうとしている『はなれ』という小さな集落のことを知ります。果たして神隠しは『はなれ』の集落と、何らかの関係があるのでしょうか…?


 買おうかどうしようか迷ったんだけど、買ってもよかったかな、という作品でした。

 こういった作品は、いろいろな問題から現在に時間軸を移して脚本化されることが多いと思うのですが、本作は原作と同じ1972年という時代を再現して撮影されています。大学の研究室の調度品や、東北に向かう列車の車内、渡戸村の農村風景、古い家屋の佇まい、人々の衣装、あらゆるものに監督のこだわりを感じずにはいられません。ステキな仕事をされていると思います。村役場の職員が、「ディスカバー・ジャパン」という当時の流行語(国鉄のキャンペーンだったかな?)を使って、村を全国にPRしようと企画している件など、この時代を外さなかったことが、作品の持つ雰囲気を忠実に伝えてくれる要素のひとつになっているのは、間違いありません。情報が氾濫し、日本人が日本のことを何でも知っていると錯覚している現代と違い、まだ日本の中に、ほとんど知られていない地域や風俗が、たくさんあった時代です。

 里美がカメラ片手に歩く、人っ子ひとり出てこない息苦しい村の雰囲気。強風の吹きすさぶ荒涼としたハゲ山のスケール感。ハッと息を呑むほどに貧しい『はなれ』の集落。カメラに映っていないところで常に誰かが見ているような緊迫感。そして、異常に出くわして悲鳴を上げる者がいないがために、よけいに胸に迫ってくる静かな恐怖感。登場人物の話し方や表情など、原作は読んでいませんが、諸星大二郎さんの作品の持つ独特の雰囲気を、作品の細部に渡る気配りで、着実に再現しているのだと思います。

 主役の藤澤恵麻さん、見たことあるような気もしますが、よく知りません。彼女のかもし出すはかない雰囲気、喋り方、映画のイメージにマッチしていると感じました。落ち着いた声音は、とても耳に心地よいので、ナレーションもステキなんではないかと思います。

 阿部寛さん、当たり前ですが、日本科学技術大学教授の上田次郎とは雰囲気まるで違います。にしても、学者タイプが似合う人なのかな?

 ストーリー自体は、「それでどうしたの?」みたいなところはありますが、作品全体を支配する雰囲気に浸れることは、映画を愉しむ幸せのひとつに違いありません。ボク的には、スキな雰囲気の作品です。

●監督・脚本:小松隆志 ●原作:諸星大二郎(コミック「生命の木」)