一応、邦画劇場

過去の自分、現在の自分、そして未来の自分に向き合う映画鑑賞

誰がために

私的評価★★★★★★★★★☆

誰がために [DVD]

 (2005日本)

 下町の村瀬写真館を訪ねてきた亜弥子(エリカさん)は、主の民郎(浅野忠信さん)と惹かれあい、やがて新しい命を宿します。両親が早くに別れ、幸せな家庭の記憶のない亜弥子は、民郎との結婚に激しく拒絶を示しますが、民郎の懸命のプロポーズに心を開き、ふたりは行きつけの居酒屋で仲間内だけのささやかな結婚式を挙げました。ところが、幸せな結婚生活を始めたふたりでしたが、亜弥子はマンションを訪ねてきた行きずりの少年(小池徹平さん)の手にかかり、理不尽な死を迎えてしまいます。1年後、親友の妹のマリ(池脇千鶴さん)に支えられながら、写真館を再開し、なんとか平穏な生活を取り戻そうとした民郎でしたが、ふと目にする風景に亜弥子の思い出を重ねてしまい、なかなか立ち直りきれないでいました。そんなとき、雑誌記者(香川照之さん)の口から、少年が社会復帰したことを知らされ、民郎は動揺します。購入したナイフをポケットに忍ばせ、少年の働く中古車ディーラーを訪ねた民郎は…。


 見終わったあとの、余韻…深いテーマだと思います。現実には同様の事件がさまざまなメディアで報じられており、折に触れて、自分が同じ立場だったら、と、怒りの情念を喚起させられますが、本当に同じ立場になったら、一体どんな行動に出るだろう、と、一歩踏み込んで考えさせられてしまいました。理不尽な死に対する、行き場のない怒りを生きる力に転化する人もいるでしょう。ボクは…、ボクなら…、再生のために、どうしようもない怒りに駆られたことすら、忘れてしまうことを選ぶかも知れません。でも、本当のところは、そうなってみないと分からないでしょう。

 少年がどんな気持ちで亜弥子を殺したのか、民郎は理由を知ろうとしますが、少年事件は家庭裁判所で非公開の審理となるため、直接少年自身の口から理由を聞く機会は持てません。それどころか、少年の顔や名前すら知ることはできないのです。理不尽な死に対し、理不尽な法律の壁に突き当たる民郎。浅野さんの抑えた演技は、とても生々しくて、寒気がしました。そして、最後まで理由は語られません。映画の中では、亜弥子が理不尽な死を遂げたという事実だけが、端的に示されるだけです。少年の家庭の事情や、本当の気持ちなどは、この映画には余計な説明ということでしょう。民郎の内面ばかりが、画面のそこここからにじみ出てきます。

 下町の風景---ときおり覗く高層ビルの建築現場、古色蒼然とした町の家屋、狭い路地、やがてカメラは物語の舞台となる古びた写真館をとらえます。しっとりとした雰囲気を持つその映像から、村瀬写真館の古びたスタジオで、マリの記念写真の撮影場面となり、浅野さん、池脇さん、エリカさんが登場。とてもステキな導入部です。映画の中に挿入される、『風をモチーフにした風景』の映像も、ステキです。見終わったあとに、妙にジンと来る映画です。

●監督:日向寺太郎 ●音楽:矢野顕子