一応、邦画劇場

過去の自分、現在の自分、そして未来の自分に向き合う映画鑑賞

汚れた英雄

私的評価★★★★★☆☆☆☆☆

汚れた英雄 [DVD]

 (1982日本)

 2年前のレース中の大事故から復活し、プライベート・チームで全日本ロードレース選手権に参戦する二輪レーサー北野晶夫(草刈正雄さん)は、残り2戦で全日本チャンピオンに王手をかけていましたが、かつて所属したヤマハのファクトリー・チームのエースライダー大木(勝野洋さん)に敗れ、同ポイントに並ばれて最終戦を迎えることになりました。最終戦までの残り2週間、チームのメカニックたちがマシンの改良に着手する一方、北野にはたくさんのセレブな美女が誘惑の手を差し伸べて来ます。しかし、ただひたすら速く走ることにしか興味のない北野にとっては、言い寄ってくる女たちも、単なるパトロンでしかありませんでした。やがて、菅生で迎えた最終戦、スタートでライバルたちに遅れをとった北野は、鬼神のごとき走りで追走を開始しました…。


 2003年4月20日加藤大治郎くんが亡くなって以来、ロードレース選手権に興味を失ってしまいました。彼のいなくなったサーキットは、あまりにも空虚でした。レーサーの死と向き合うことは、華やかな夢の世界から現実に引き戻されることです。常に死と隣り合わせであることを認識しながら、それでも速く走ることに憑かれたレーサーたち、そしてその神の子のごときレーサーたちを、最大限の敬意とわずかな羨望を持ってサーキットに迎える我々観客たち。そんな神聖な場面で、マスコミには、レーサーの死を、そんなに軽々しく扱って欲しくはない、そんな気がしていました。本作の展開とはまったく関係ない、私的な感想です。


 さて、どうも、いろいろと分からない点があるんですよねぇ。2年前の大事故で、北野がどう変わったのか、画面からもエピソードからも伝わって来ません。強いてあげるなら、レース前、真っ暗なトレーラー内でジッと集中力を高める様子から、『常に死を予感しているのかな』と思う程度。また、北野に言い寄ってくる金持ちの女たちが、北野にとって、単なる金づるでしかないことが、どうも伝わってきにくい。確かに誘うだけ誘っておいて、いつも最後に暗い表情で考え事に耽る北野の姿は、レースのことしか頭にないとも思えるんですが、どうもよく分からない。結局、速く走りたいだけなのだということが、端的に現れていたのは、ライバル大木と雑誌のグラビア撮影中に交わす『ファクトリー・チームに戻って来いよ』『世界中のサーキットのコースレコードを刻むことを、ファクトリーチームは許してくれないだろう』という短い会話の中だけです。あとは、ぼんやりと、そういう野心を持っているヤツなのかなぁ…と思う程度。強烈な個性が伝わってこないせいで、北野晶夫という天才ライダーに、さほど魅力を感じられないのでした。

 で、タイトルからすると、『世界チャンプになるために、何だってやってやるぜ』というスタンスで、もっと汚いことをするのかと思うと、そんな要素は微塵もない。せいぜい北野のジゴロなところが、モテナイくんからすれば『汚い』と言えるかも知らんが、それすらも、汚いとまで呼べるほどのこたぁない。北野の生活感の乏しい家が出てくるが、コンクリート打ちっ放し、屋内にプールあるし、広いドレスルームでは、今夜のパーティの衣装を選ぶのにすごい数の衣装が出てきて、『生活感ないくせにキチンとしているのは、家政婦がいるってことかい?』みたいな妙な感想を抱いたりして、そんな暮らしぶり自体は、『汚いことして稼がないと手に入れられないよな』とは思いました。何せ現実には、250ccや125ccの世界チャンプが、アルバイトしながらレースに出ているような不思議な世界ですから。まぁ、とりあえず、汚れた英雄というよりは、クールなヒーローって感じですかね?

 レースシーンは、なかなか迫力あるカメラワークというか、カメラの配置でしたね。最近じゃあバイクの車載カメラも当たり前でしょうけど、映画で撮るのは今も昔もたいへんだと思います。特にバイクレースは地面スレスレにカメラが落ちますしね。しかし、そんな中で気に入らないことがひとつ。スローの長回しが多すぎ! けっこう派手目なBGMにもかかわらず、ずっとスローで見せ続けるのは、レースの迫力を殺いでいるとしか言えませんでした。ポイントを絞って、少ない時間を少ない回数でスローで見せるのは印象的だと思うのですが、あまりにも長いスローで、気持ち的にダレました。でも、本作で見るべきは、このレース・シーンだけなのだよ、実際のところ。

 最終戦が終わって、世界選手権に向けて新たなスタート…まぁ、そんな感じで終わればいいかな、と思ったのですが、最後にテロップが流れ始め、イヤな予感に囚われました。予感は的中…そんな演出は『要らん!』と、大きな声で言いたい!! だから、レーサーに対するリスペクトに欠けてるんだってば…。気分が悪くなったので、★5つ。どうも焦点のボケた映画だねぇ。

●監督:角川春樹 ●原作:大藪春彦(小説「汚れた英雄」)