一応、邦画劇場

過去の自分、現在の自分、そして未来の自分に向き合う映画鑑賞

天国と地獄

私的評価★★★★★★★★★★

天国と地獄 [DVD]

 (1963日本)

 靴メーカーの重役・権藤(三船敏郎さん)の息子と間違われて、権藤の運転手・青木の息子が誘拐されてしまった。犯人は電話で権藤に3000万円支払うよう要求してきた。権藤は敵対する3人の重役たちに対抗して自ら経営権を掌握するため、土地家屋まで抵当に入れて5000万円を工面し、大阪の株主に対して株の譲渡を申し入れ、やっとのことでその交渉が成立したばかりだった。明日中に大阪の株主からの株譲渡を成立させなければ、権藤は経営陣から放逐されるばかりか、すべての財産を失った上に莫大な借金を抱えて妻子ともども路頭に迷うことになる。権藤は犯人の理不尽な要求を突っぱね、自分の片腕と可愛がる河西(三橋達也さん)を大阪に向かわせようとするが、妻や息子の哀訴、そして権藤の立場を承知していない青木の懇願に直面して、憤懣やるかたない思いに胸を痛め、決断を先送りにする。しかし翌朝、結局権藤は3000万円の現金を用意し、犯人の要求どおり特急こだま2号に乗り込むのだった…。


 黒澤監督の現代劇サスペンスの傑作です。

 黒澤監督の作品は、キャラの立ち方に、曖昧さというものがないんでしょうねぇ…いいヤツはとことんいいヤツで、悪いヤツはどこまでも悪いヤツ…そういった登場人物のキャラの色分けが極端で、そのせいでしょう、ドラマの輪郭が非常にくっきりとしています。濃厚で、場合によっては吐き気がするほどコッテリしてるんですよね。見ている人がこの演出にハマれば、それはもうお腹いっぱいになるほど重厚なドラマを堪能させてもらえるワケです。

 この作品も、のっけから権藤と重役連中の激しいぶつかり合いから幕を開け、出てくる人出てくる人、誰も彼も、ストレートな感情をむき出しにしているようで、ある意味見ていて非常に分かりやすいです。実社会なら、何を考えているのかよく分からないような人間が、もうちっと間に割って入ってくるはずなんだけど、そういった余計な詮索をしなくていいのが黒澤作品らしさのように感じます。

 2時間半近い尺なのに、その長さを感じさせないぐらいに濃密なドラマです。事件の進行、特に犯人が繰り出す打つ手、打つ手の見事な連鎖、対する仲代達矢さん演じる戸倉警部が率いる捜査陣の、綿密で理に適った犯人追跡劇、カネを失って社内での権力争いに敗れる権藤の物語、どれもこれもひとつの無駄も無くギッシリと詰め込まれている感じです。

 後半、犯人が住む狭い迷路のような路地に囲まれたアパートの一角や、薬物中毒患者がたむろする貧民窟のようなドヤ街が映し出されます。見ていて、とても息苦しく、胸を締めつけられるようでしたが、わずか半世紀足らず前の自国の光景です。今となっては、どこか発展途上国の光景としか思えない人が多いのでしょうねぇ…。

●監督:黒澤明 ●原作:Ed McBain エド・マクベイン(小説「キングの身代金」)