一応、邦画劇場

過去の自分、現在の自分、そして未来の自分に向き合う映画鑑賞

くちびるに歌を

私的評価★★★★★★★★★★

くちびるに歌を Blu-ray 通常版

 (2015日本)

 長崎県五島列島の中五島中学校の音楽教師、松山ハルコ(木村文乃さん)は、自分が産休に入るに当たり、かつての同級生でプロピアニストの柏木ユリ(新垣結衣さん)を代理教員として東京から呼び寄せた。音大出のプロのピアニストが後任として来ることで、ハルコが顧問を務めていた合唱部の面々は、全国大会出場の期待が膨らんだかのように浮き足立つが、当のユリは全てにおいてやる気がなく、ハルコの頼みで仕方なく合唱部の顧問を引き受けるのだった。しかも、ピアノは弾かないという条件で…。


 NHK全国学校音楽コンクールの課題曲となった「手紙 〜拝啓 十五の君へ〜」の作者であるアンジェラ・アキさんのテレビ・ドキュメンタリーをもとに、中田永一さんが小説化したものを原作として、さらに映画化したという作品です。
 中学生の部活を扱っていますが、出演する中学生のほとんどが、ちゃんと中学生らしいところが大変好ましくて、作品にのめりこみやすかったです。

 合唱部部長の仲村ナズナ恒松祐里さん)は、幼いころに父が愛人と蒸発し、その後母も亡くなり、祖父母と3人暮らしです。そのため、男性に対して、生理的な嫌悪感と恨みを抱いています。
 ユリの赴任に合わせて合唱部に入った桑原サトル(下田翔大さん)は、自閉症の兄の桑原アキオ(渡辺大知さん)の面倒をみるよう、幼いころから両親から申し渡されていました。そのため、自分の存在を肯定的に考えられず、学校内では周囲と距離を置く、『上級ぼっち』でした。
 そして、ユリは、ある出来事からピアノを弾けなくなっていました。

 とまぁ、人物設定は、陳腐であざと過ぎて嫌いなんですが、脚本と演出が素晴らしいんでしょうね。132分の尺の中に、ちゃんと登場人物それぞれの物語が、過不足なく納まっています。さらに、子どもたちも含め登場人物全ての人の、セリフの間合い、表情、特に無言・無音の演技が、実に生々しくて素晴らしいと感じました。だから、すっと映画の中に入り込めるのでしょうね。

 そして、五島の風景が、実に美しい。
 小ぢんまりとした教会の中、緑豊かな島々の間の穏やかな入江を進むフェリー、狭く曲がりくねった坂の路地、オンボロのユリの車と古色蒼然たるユリの家もなんだか景色に馴染んで、美しく感じてしまいます。さらに、後半の合唱練習で白い砂浜や、サウンド・オブ・ミュージックを髣髴とさせる高台の緑の草原が練習場所として登場し、子どもたちの生き生きとした動き、表情が描かれると、実に心豊かな気分に浸れます。まぁ、とにかく切り取って額に収めたいような美しいカットが満載の映画です。

 自然と感極まって泣けてしまう場面も、多々ありますねぇ。
 イチバンは、ベートーベンのピアノ・ソナタNo8 ハ短調「悲愴」第2楽章でしょうねぇ。どこで奏でられるかは、ネタバレになるので、映画でご確認くださいw そのほかにも、合唱コンクール当日の出来事からクライマックスの流れは、かなりイイ話になってます。
 とにかく、登場人物それぞれが、みんなちゃんと必要な人物として扱われているのが、ステキですね。

 映像的には、人物が登場する場面での被写界深度が浅く、画面中央の人物以外はピンボケになるように仕込まれているんですが、たまに3人くらい並んでるときに、端の人物までボケてるのがやや気になりました。大したことではないんでしょうけど、気づいてしまうと、気になってしまうのは、ボクの面倒な性分でしょうか。

 そんなことがあっても、繰り返し何度も見てしまう、満点評価の作品です。

●監督:三木孝浩 ●原作:中田永一(「くちびるに歌を」/小学館刊) ●主題歌:アンジェラ・アキ「手紙〜拝啓 十五の君へ」(EPICレコードジャパン)