ある船頭の話
私的評価★★★★★★★★☆☆
(2019日本)
一艘の舟。全ては、そこから始まる―。
明治後期から大正を思わせる時代、美しい緑豊かな山あいに流れる、とある河。船頭のトイチ(柄本明さん)は、川辺の質素な小屋に一人で住み、村と町を繋ぐための河の渡しを生業にしていた。様々な事情を持つ人たちがトイチの舟に乗ってくる。日々、黙々と舟を漕ぎ、慎ましく静かな生活を送っていた。
こんな山奥の村にも、文明開化の波が押し寄せていた。川上では煉瓦造りの大きな橋が建設されている。村の人々は「橋さえできれば、村と町の行き来は容易になる」「生活しやすくなる」と完成を心待ちにしているが、トイチは内心、複雑な思いでその様子を見守っていた。
そんな折、トイチの舟に何かがぶつかる。流れて来たのは一人の少女(川島鈴遥さん)だった。トイチは少しの間その子の様子を見てやることにするが、それと同じ頃、トイチは渡し舟の客から、奇妙な惨殺事件の噂を耳にする。少女はどこからやってきたのか? どんな過去を背負っているのか?
少女の存在はトイチの孤独を埋めてくれてはいるが、その一方でトイチの人生を大きく狂わせてゆくことになる……。
(映画『ある船頭の話』公式サイト「STORY」より引用)
一人の船頭の生きざまを通して、『人間らしく生きることとは?』を考える137分間。
STORYでは、〝明治後期から大正を思わせる時代〟ってあるが、平成から令和に時代が変わろうかという日本で、よくこんな荒んだロケーションにたどり着いたな、という印象。特に船頭の小屋の周りの草のはげ方と岩のむき出し方が絶妙に人外境を醸していて、船頭の孤独な在りようを強烈に印象付ける。
少女の衣装や艶やかに日焼けした顔などを見ていると、日本以外の東アジアのどこか、みたいな無国籍な印象を抱く。そこんところは、衣装デザイナーのワダエミさんの狙いにまんまとハマッてるのだと思うが、渡船の運賃が5厘という貨幣単位であることを聞くまで、本当に時代も国籍も曖昧なまま観進めていた。
橋の建設に携わる渡船客(伊原剛志さん)が、蔑むように心無い言葉を執拗に船頭にぶつける。
『役に立たないものは、みんな無くなっていくんだよ。分かるか!船頭!』
役に立たないと思って捨てたものは、役に立ちそうな新しいものに取って替わられる。
一度失ったものは、二度と取り戻せない。
されば、新しいものを求め続けなければ、生きてゆけないのか?
やがて橋が架かり、船頭は役目を失う。
マタギの仁平(永瀬正敏さん)は、便利になった一方で、村人たちの生きようが、せかせかと忙しなくなったと嘆息する。
今も、時代は便利さを求めるあまり、どんどん忙しなく生き急いでいるように思える。
効率よく働き、損をしないように選択し、最短コースで目標を次々とクリアしながら、ボクらはいったいどこへ向かって行こうとしているのか?
そこには、ついて行けず、立ち止まってしまった者を、切り捨て、置いてけぼりにしてしまう非情さしか感じない。
破滅の予感をはらんで、船頭の人生は激しく傾いでゆく。
住んでいた小屋に火を放つと、少女を連れて雪の降りしきる川に漕ぎ出す船頭。
時代に置いてけぼりを食らった者同士、いったいどこへ向かって行くのか……。
一面を真っ白に覆いつくす雪景色の中、舟はゆるゆると川を下っていくのだった。
なんとも、せつない終わり。
深い余韻に、胸が締め付けられる思いがした。
船頭たちには、時代に流されず、ひっそりと互いに心を寄せ合いながら、どこか人目に付かないところで、静かに暮らしていってほしいと願う。
夏のうだるような暑さを感じにくかったのは、なんでだろう?って思って観てたんだが、船頭が汗をかいていないように見えたからかな? 船頭の首筋がアップになったとき、一粒の汗もにじんで見えなかったのが不思議だった。柄本さんは汗をかきにくい体質なんだろうか? 些細なことが気になった。
一方、エンディングは一面雪に覆われた峡谷の渡し。万が一川に落ちれば、命に関わるのではと思える冬景色。
いずれにしても、撮影は過酷な環境だったと思われる。
しかし、過酷な撮影を経て提出された映像は、恐ろしく凛として美しかった。
その映像にかぶさる音楽も、絶妙に心に染み渡る美しさだ。
名優たちの脇役ぶりがぜいたく。
・船頭を小ばかにする建設関係の男:伊原剛志さん
・何をしているのか分からないが馴染みの渡船客:浅野忠信さん
・噂話をする商人:村上淳さん
・若い舞妓3人を引き連れていた芸妓:蒼井優さん
・牛を渡す客:笹野高史さん
・狐の話をする上品な女性:草笛光子さん
・マタギの親方で仁平の父親:細野晴臣さん
・マタギの仁平:永瀬正敏さん
・船頭に話しかける町医者:橋爪功さん
ほぼ、どの方も、舟の上でさり気なくおしゃべりして通り過ぎてゆくだけ。まるで無名の俳優さんのように、出しゃばらないカンジが心地よい。
個人的には草笛光子さんの声が心にしみた。彼女の声音は、不思議といつ聞いても胸を打つ。
凡庸なボクには、狐顔の少年の意味するものがよく分からなかった。
船頭の内なる幻影なのか、狐狸妖怪のたぐいなのか、はたまた渡しに居つく幽霊なのか。
何かのメタファーかと思われるが、初見だけでは、無理だな。繰り返し見たら、何か思うことがあるかもしれない。
●監督・脚本:オダギリジョー ●撮影監督:クリストファー・ドイル