一応、邦画劇場

過去の自分、現在の自分、そして未来の自分に向き合う映画鑑賞

星の子

私的評価★★★★★★★☆☆☆

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映画『星の子』公式サイトより引用

 (2020日本)


 大好きなお父さん(永瀬正敏さん)とお母さん(原田知世さん)から愛情たっぷりに育てられたちひろ芦田愛菜さん)だが、その両親は、病弱だった幼少期のちひろを治した〝あやしい宗教〟を深く信じていた。中学3年になったちひろは、一目惚れした新任のイケメン先生(岡田将生さん)に、夜の公園で奇妙な儀式をする両親を見られてしまう。そして、彼女の心を大きく揺さぶる事件が起きる―。


15歳のちひろは、揺らぎ始める。
家族とわたし。わたしと未来。
広大な星空の下で、
少女の信じる力が試される――。

(映画『星の子』公式サイト「STORY」より引用)

hoshi-no-ko.jp


 求める幸せのカタチ、それに対して必要とするモノへの価値観、あるいは人生観そのものによって、この映画を観た人の感想は違って来るかも知れない。

 とりあえず、〝あやしい宗教〟というフィルターを、何がしかの偏見の色で見ては、この映画の本質を見誤ってしまうと感じた。



 正直なところ、ボクには、ちひろに対する両親の無償の愛情が重すぎて、ちょっとしんどいと感じる映画だった。

 例外があるとしても、中学時代までは、親の影響下にあるのは、まぁ普通のことだし、その年頃までは、自分の人生を自由に選ぶことが、事実上困難なのが実際だ。

 ましてや、未熟児として生まれ、病弱だった自分を、両親が藁をもすがる思いで手にした魔法の水で健康にしてもらったと聞かされながら、15歳の今まで生きてきたちひろにすれば、両親の愛を信じないワケにはいかないだろう。

 ただ、ちひろは、両親の信じる水の力や、信仰する宗教のことを、周囲の人間がどのように思っているかを知っているし、中には中傷を伴う怪しい噂が立っていることも知っている。


 その人が、内側にいるか、外側にいるかで、対象への評価は全く違ってくる。

 家庭内でどんなに疎ましく思った家族であっても、よそ様から、たとえ近しい親戚筋からでも、悪しざまに言われようものなら、家族としては反射的に強い怒りを覚えてしまうものだ。

 何とも不合理で、不思議なことに思えるが、家族という枠の内側にいるという状況に、我知らず囚われてしまっている証なのだろう。


 ちひろも、信仰する宗教のために貧しさが募る両親の生き方について、自ら考えるところはあるし、周囲の言葉に両親を信じる気持ちが揺らぐこともある。

 加えて、大好きな姉は、両親の生き方に反発し、家を出たまま何年も音信不通という状況だ。

 けれど、たとえそれが憧れの人物であっても、家族の外側の人間に両親の生き方を否定されるような言動をされれば、心が張り裂けそうになるほど悲しくて仕方なくなってしまうのだ。



 15歳の少女は、まだ独り立ちするためのスタートラインに立とうとしたところ。

 両親の教えに素直に従って生きるかどうか、結論はまだ早いとも言えるし、そもそも白黒だけで決めるべき事柄でもない。

 とりあえず、冬の星空の下、今は、両親の愛を静かにかみしめる。





 両親役の永瀬さんと原田さんの、円熟の演技が素晴らしかった。

 ちひろに向けた無償の愛情と、その愛情を確固たるものとする手段としての深い信仰心に、むしろ畏怖の念を覚えた。


 また、芦田さんの演技は、やっぱり凄かった。

 いろいろな場面でリアルな15歳を見せつけてくれたが、一番凄いと思ったのが、憧れだった教師に強く叱責される場面。

 強く叱責されて(いや、むしろ罵倒されて)、机上に広げていたノートや筆記具、両親の信じる水ペットまでもを、一気にドタバタと机の下に仕舞うまでの一連の芝居が、もう凄まじく動揺しまくってて、あまりにリアルすぎて、演技の域をを超えてるとさえ感じた。



●監督・脚本:大森立嗣 ●原作:今村夏子(小説『星の子』/朝日新聞出版・朝日文庫 刊)