一応、邦画劇場

過去の自分、現在の自分、そして未来の自分に向き合う映画鑑賞

私をくいとめて

私的評価★★★★★★★★★★


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映画『私をくいとめて』公式サイトより引用

 (2020日本)


 おひとりさまライフがすっかり板についた黒田みつ子、31歳(のんさん)。
 みつ子がひとりで楽しく生きているのには訳がある。
 脳内に相談役「A」がいるのだ。
 人間関係や身の振り方に迷ったときはもう一人の自分「A」がいつも正しいアンサーをくれる。
 「A」と一緒に平和な日常がずっと続くと思っていた、そんなある日、みつ子は年下の営業マン 多田くん(林 遣都さん)に恋をしてしまう。
 きっと多田君と自分は両思いだと信じて、みつ子は「A」と共に一歩前へふみだすことにする。

(映画『私をくいとめて』公式サイト「STORY」より引用)
kuitomete.jp



 のんさんは、実は苦手なタイプの女優さんなんです。
 声を荒らげるときの、キンキン響く声質が苦手なんです。
 それからたぶん、気性が激しそう、というか、気難しそう、なんて、勝手に妄想してます。ただ、そういうちょっと神経質なカンジの役者さんって、憑依するのかどうなのか、目を瞠るような凄い演技をされますよね。
 うん、だから、食わず嫌いっちゃ、食わず嫌いなんでしょうけど、なんかしら、いつの間にか苦手意識が刷り込まれていたんです。
 どの作品がきっかけかも分からないままなんですけど。

 今作は、劇場のポスターのビジュアルが気になっていて、「でも、のんさんなんだなぁ…」なんてぼんやり考えてて、観ようかどうしようか直前まで迷ってはいたんですけど、監督が『甘いお酒でうがい』の大九明子さんと分かってから、「それなら面白いんじゃないか」なんて考え直して、劇場に足を運んだようなワケです。


 まぁ、そんな個人的な動機はどうでも良かんべ!ということで。


 やっぱり、観に来て正解でした。
 めっちゃ、わかりみ深いwwwステキな作品でした。

 おひとり様の主人公は『甘いお酒でうがい』とも被るんですけど、どちらも主人公のモノローグで物語が回り、主人公自身に見えている世界が映し出されていることから、観ている側も主人公の目線でそれぞれの映画の世界に入っていくことになります。そのため、主人公に感情移入できないタイプの人には、この手の映画は苦痛でしかなくなるかも知れません。しかし、ボクには、もう〝大ごっつぉ〟なワケで^^;最後まで美味しくいただきました。

 『甘いお酒でうがい』の主人公は40代、ある程度おひとり様の振る舞いが染みてしまっているところがありますが、本作品の31歳のみつ子は、けっこう精神的に不安定な印象です。

 人は、孤独の気楽さを選んでも、誰かと話をせずに生きていくことはできない生き物なのかも知れません。
 晩年の父は、よくテレビ相手にひとりツッコミを入れていました。テレビは決して返事をしてくれませんが、話し相手がいない時の代償だったのかも知れません。
 幼年期のボクも、よく独り言を言って一人遊びに興じていたように思います。もしかしたら「A」のようなイマジナリー・フレンドと話をしていたのかも知れません。

 この作品を観て、心の中にもう一人の自分「A」がいる状態って、けっこうヤバみだなぁ、と傍目に思いました。えぇ、他人事です。
 自分事だったときには、気づきません。だって、そいつの存在のおかげで、社会性動物であるヒトとしての心のバランスを保っていたのでしょうから。

 なんかね。みつ子さんは性別も年齢もボクとは全く違うんだけど、心の中に「A」という存在を持っていて、けっこうそいつを頼りがちだってカンジ、分かる気がするんだよねぇ。
 年齢的に落ち着いてきてはいるボクですが、時おり、みつ子さんみたいにテンパって大声で喚き散らしたい衝動に駆られることも、あるっちゃあるし。実際は脂汗流しながら、堪えちゃってるけど。


 みつ子さんは、多田君のことが好きだけど、お付き合いするのは面倒臭いと思ってたのかなぁ?
 いや、その割には〝おすそ分け〟を想定して食材を余分に買い込み、サイトでレシピを見ながら調理をしたり、ちゃんと部屋の掃除をして、きちんとメイクをして、衣装を選んで、新品のスリッパを用意して、ただただ〝おすそ分け〟をもらい受けに玄関先までしか入ってこない多田君を待ち受けたりしてるワケで、そういう手間暇は惜しんでないんだから、やっぱり。恋、しちゃってるよねぇ。こういうの『かわいい』って言ったら、叱られるのかな?


 登場人物で気になったのが、臼田あさ美さん演じるみつ子の会社の先輩。
 今どきあそこまで媚び売って男に取り入ってしまうような女性、いてるんですかねぇ?
 すっごく痛々しく見えたんだけど、当事者同士がそれでイイなら、イイんだろうな、と。



 とりあえず。
 のんさんが、めっちゃハマり役でした。
 みつ子さんの、些細なことから不安を覚えてしまう感情の機微、弱音を吐いたり毒づいたり目まぐるしく変わっていく感情の起伏を、これだけヴィヴィッドに表現できる女優さんは、たぶん他にいないんじゃないのかな?と思うくらい、見事な演技でした。食わず嫌い、止めます^^;

 あと、みつ子さんの感情の動きに呼応して再生されるさまざまな効果音とか、精神がメルトダウンしたあとのポップな映像とか、階下の部屋から響き渡るホーミーの歌声とか、細かなところに演出のこだわりを感じて、ちょっとニヤついてしまいました。それから、みつ子の部屋を作られた、美術さんのお仕事もステキでした。


 ところで。
 「A」の声は、中村倫也さんだと思ったんですが、最後の最後に、実体化した姿が登場したら、別の〝ともや〟さんが出てきて、椅子からずり落ちそうになりました。どちらの〝ともや〟さんも、好きな俳優さんですけど^^;


●監督・脚本:大九明子 ●原作:綿矢りさ(小説『私をくいとめて』/朝日新聞出版 刊)