甘いお酒でうがい
私的評価★★★★★★★★★★
(2020日本)
これは私の日記。
誰が読むわけでも、自分で読み返すわけでもない、
ただの日記···
ベテラン派遣社員として働く40代独身OLの川嶋佳子(松雪泰子さん)は、毎日日記をつけていた。
撤去された自転車との再会を喜んだり、変化を追い求めて逆方向の電車に乗ったり、
踏切の向こう側に思いを馳せたり、亡き母の面影を追い求めたり···。
そんな佳子の一番の幸せは会社の同僚である若林ちゃん(黒木 華さん)と過ごす時間。
そんな佳子に、ある変化が訪れる。
それは、ふた回り年下の岡本くん(清水尋也さん)との恋の始まりだった···
(映画『甘いお酒でうがい』公式サイト「STORY」より引用)
amasake-ugai.official-movie.com
劇場のサイトの上映スケジュールで惹かれるタイトル見つけて、予告編見てさらに気になっても、なかなか自分の通常の生活リズムと上映時間が合わない映画って、月に数本あるんですよね。
だけど、そういう映画に限って、ちょっと早く家を出ないと間に合わない朝1回目とか、平日だけど夕方の晩ごはんの時間ギリギリまでの回とか、ちょっとだけ無理して時間遣り繰りしてでも観てみたら、すっごい満足感いっぱいの映画だったりすること、けっこうあるんですよ。
まぁ、だいたいそういう映画って、テレビで出演者に映画の宣伝させてもらう機会が皆無だとか、1日の上映回が少ないとか、はたまた大勢観てもらえる時間帯に上映してもらえないとか、話題作に比べてけっこうハンデ背負っていると思うんだけど、観て良かったぁ~って思えたら、ホント、それだけでイイ映画見つけたぁ~ってなって、幸せな気持ちにしてもらえますよねぇ。
本作も、そんな佳作の一つ。
40代独身女性・川嶋佳子の、何かありそうで、まぁまぁ何も起こっていないような日常。
その日々の暮らしの中で、彼女がその時々に感じたことなどをしたためた〝日記〟を、自身のモノローグで読み進める、という形式でストーリーは終始します。
ここが、けっこうポイント。
彼女自身のモノローグなので、例えば会社のオフィスで同じ場面に登場する人物たちがたくさんいても、そのとき彼女が日記にしたためた内容に直接関係ない人物のセリフは、ほぼありません。
なので、ドラマを見ていると言うより、佳子自身の目線で、同じ日常空間にいるような心持ちで鑑賞してしまってました。
これ以上ないのめり込みようです。
もう、大九監督も公式サイトのコメントに書いてましたが、ホントに画面に〝ひたひたに浸って〟観てました。
めっちゃ、心地よかったです。
感受性豊かだけど、決してナルシスティックではない。
ちょっと後ろ向きだけど、年齢を重ねたなりのポジティブさもある。
おひとり様の穏やかな暮らしを、決して気負うことなく自然体で楽しむこともできるけれど、職場で若い男性との新たな出会いがあると、心ひそかに恋が始まる予感を覚えてときめいたり、何ごとも始まらないままその男性が職場に来なくなって、誰にも知られないまま恋が終わることもあったり。
ほんの2、3日お上に召し上げられていた自転車との再会が、ものすごく愛おしく感じられたり。
佳子は、日常にあふれる〝ささやかな幸せ〟を見つけるのが、とても上手。
そんな佳子の、リリカルな表現にあふれるモノローグが、独身壮年男性(=ボクですが^^;)の心の琴線ですら、心地よく揺らしてきます。
ボクは、『おばあちゃんが節くれ立った指で、一所懸命にガラケーで〝ひらがなのまま〟メールを打ってるのを見て、何より泣ける』っていう佳子の感じ方に、激しく共感しました。
たぶん、ボクも、それなりの年齢になったせいでしょうね。
そして、おそらく一回り半くらいは年下の同僚の若林ちゃんが、とってもイイ。
めっちゃ気さくで裏表ない感じで、なおかつ煩さを覚えるギリギリまでという絶妙な距離感を保ちながら、元気いっぱい佳子に絡んでくるのが、すごく心地いいのです。
誕生日を訊いたら『昨日だった』って佳子に言われて、『なんで一緒にお祝いさせてくれなかったの』って本気で怒ってるとか、今どき、そんな人おるんやぁ~みたいな驚きとともに、めっちゃええ子やぁ~って、映画観てるオッサンが年甲斐もなくちょっと照れながら、へにゃあ~って表情をとろけさせてたなんて、恥ずかしい限りですがね^^;
おひとり様でも、若林ちゃんのような心を許せる人間関係は、とても大切だし、ありがたいなぁって思いました。
とにかくタイトルの『甘いお酒でうがい』ってのが、めちゃめちゃ心に響くフレーズで、すごく秀逸だと思いました。
実際、お酒でうがいするシーンも、日常的に出てくるんです。
アルコール耐性の低いボクには、思いもつかないルーティーンですが、なぜか、松雪さんがやると、とっても美しい所作のように見えてしまうから、不思議です。
それから、オープニングで足元を映し出すシーンが始まり、そのあとも日々たくさんの履物が登場します。
「女性は、その日履く履物に、気持ちが乗っかっていくモノなのかな?」なんて思いましたが、女性監督ならではの繊細な視点で、ステキでしたね。
この物語には、『マザーウォーター』や『東京オアシス』、あるいは『かもめ食堂』のような、わざと可笑しな場面を挟み込むようなあざとさは一切ありません。
清々しいほどに、日常的。
でも、新型コロナウィルス感染症で日常生活が抑圧的に歪められている今は、こんなにも愛おしい日常スケッチが、心の底からありがたいと感じられ、日々積み重なった心の疲れを優しく癒してくれる良薬となるのです(この映画も、4月の公開予定が、半年近く先延ばしになってたみたいですね)。
お家でひっそりと暮らしていて、まぁ、それでもイイかと孤独に慣れてきたつもりでも、やっぱり外に人とのつながりがあるのって、ステキなことだよなぁ、と、再確認させられました。
●監督:大九明子 ●脚本:じろう(シソンヌ)●原作:川嶋佳子(シソンヌじろう)(小説『甘いお酒でうがい』/KADOKAWA 刊)