一応、邦画劇場

過去の自分、現在の自分、そして未来の自分に向き合う映画鑑賞

his

私的評価★★★★★★★★☆☆

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映画『his』公式サイトより引用

 (2020日本)


社会からどう見られようとも
僕たちは
一緒に生きていきたい


 春休みに江の島を訪れた男子高校生・井川迅(宮沢氷魚さん)と、湘南で高校に通う日比野渚(藤原季節さん)。二人の間に芽生えた友情は、やがて愛へと発展し、お互いの気持ちを確かめ合っていく。しかし、迅の大学卒業を控えた頃、渚は「一緒にいても将来が見えない」と突如別れを告げる。

 出会いから13年後、迅は周囲にゲイだと知られることを恐れ、ひっそりと一人で田舎暮らしを送っていた。そこに、6歳の娘・空(外村紗玖良さん)を連れた渚が突然現れる。「しばらくの間、居候させて欲しい」と言う渚に戸惑いを隠せない迅だったが、いつしか空も懐き、周囲の人々も三人を受け入れていく。そんな中、渚は妻・玲奈(松本若菜さん)との間で離婚と親権の協議をしていることを迅に打ち明ける。ある日、玲奈が空を東京に連れて戻してしまう。落ち込む渚に対して、迅は「渚と空ちゃんと三人で一緒に暮らしたい」と気持ちを伝える。しかし、離婚調停が進んでいく中で、迅たちは、玲奈の弁護士や裁判官から心ない言葉を浴びせられ、自分たちを取り巻く環境に改めて向き合うことになっていく――。
(映画『his』公式サイト「ストーリー」より引用)

www.phantom-film.com



 LGBT、LGBTQ、LGBTQIA+……etc. どんなに細分化しても、身体的性別と性自認性的指向を的確にカテゴライズするのは難しいのだろうと思う。いや、カテゴリを増やせば増やすほど、その違いをいったい誰に向けて主張したいのかと、困惑してしまうのが本音だ。当事者にとっては、違いがとても重要な問題なのだろう。社会的に受け入れてもらえない、そういうジレンマは常にあるのかも知れない。

 現代に生きるイッパシの社会人なので、人権問題理解研修の場などを通じて、マイノリティの方々の存在に対する一定の理解はあるつもりだ。しかし、頭で理解することと、心が受け入れることの間には、大きな乖離がある。

 人が、性別にかかわらず人を好きになるのは自由だとは思う。極端な話で恐縮だが、人ならぬ、無生物にしか愛情や愛着を感じられない人がいることも理解はしている。それも、まぁ、自由だろう。

 だが、そうした人たちに限らず、他人を無条件に受け入れられるほど、ボクは人間ができていない。というか、そもそも執着心が足りないので、本気で人を好きになったことがない。

 そんな自分だから、こうした同性愛者のことを真正面から捉えた映画には、正直、とまどうことばかりなのが、実際だ。




 個人的な思いは、さておき。



 山あいの田舎町・岐阜県加茂郡白川町(世界遺産白川郷岐阜県大野郡白川村とは違う)が舞台。

 渚の口を伝って、若い移住者、特に小さな子連れの移住者を歓迎している町であることが、さりげなく紹介されている。

 都会から移住してきていた迅が、収穫した野菜の物々交換など、町民と最低限の関わりしか持たないようにして過ごしている中、何かと気にかけてくれているのがマタギ(?)の緒方(鈴木慶一さん/ムーンライダーズ)老人。彼は迅に、「この町は、昔から他国者がよく出入りしていて、よそ者を受け入れやすい土地柄である」というような話をして、ゲイであることを隠して暮らす迅に、自分の思ったとおり生きるよう、そっと背中を押す。



 迅が、緒方翁の通夜の席で自分がゲイであることをカミングアウトしたとき、公民館に集った人々の間に神妙な空気が流れたけれど、吉村房子(根岸季衣さん)の「年取ったら男も女も関係なくなる。迅、長生きしな。」の一言で、重くなりかけた場の空気がまぎれてしまう。

 限界集落かどうかまでは知らないが、移住者を強く求めている町の人々の切迫した願いだとか、他国の者を古来受け入れてきた土地柄だとか、周到な伏線を張ってはいても、ゲイの二人を取り巻く、山あいの田舎町の人々の間に、性的マイノリティに対する偏見がないかのように描かれていることに、違和感を覚えた。

 この映画で、迅と渚が暮らす田舎町には、まるでイイ人たちしか登場しない。イイ人たちなのか、ある意味、集落の未来を見据えて、達観してしまった人たちなのか。

 思い出すのが、映画『楽園』で描かれた、よそ者の善次郎を村八分にして追い詰めた、山あいの限界集落の人々。描かれ方に、天と地ほどの差を感じるなんて……どちらも移住者を受け入れる田舎の現実なのかしら?

 そんなことを思いながらも、町の人たちが、房子の一言のあとに、何事もなかったかのように、二人をやさしく迎え入れた場の雰囲気には、思わず涙がこみ上げてしまった。やはり。人間はどんなに心を閉ざして生きていても、心底では、コミュニティに受け入れられたいと思っているのだと感じた。



 6歳の娘・空の親権を争う裁判の場面では、双方の代理人である弁護士が、相手方の弱みを執拗に突いて、責め立てる。

 渚は、男同士という〝特殊な環境〟で育てると、娘が不幸になるように言われるし、妻の玲奈は、そもそも出産時の夫婦間の条件で、自分が通訳の仕事を続けたいから、渚に主夫として家事と育児を任せることにしていたのに、シングルマザーになって、仕事と子育ての両立など無理だろうと言われる。

 物語の終盤は、今の日本の社会で、女性が一人で子育てをすることの困難さについて、その現実が提示される。実際、玲奈は夫・渚に任せっきりだった空の子育てにとまどい、途方に暮れたのだろう。




 何が正解なのかは、分からない。しかし、分からないなりに、今想像できる最善の関係性に落ち着いたのだと思う。

 引きの画面のままのエンディングだったが、画面に映る人たちみんなの笑顔が想像できる、ステキな落とし方だった。

 たぶん。本気で人を愛している方にとっては、胸が張り裂けそうになるほど、シンパシーを感じてしまうんだろうな。そこが感じられない自分が、ちょっと淋しい。



●監督:今泉力哉 ●企画・脚本:アサダアツシ